jinakiraたんぶら

てきとうにやってます

July 24, 2014 at 12:01am
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二人が森のなかで、お互いの気持を確かめ合うあるセリフがあります。
この二人のセリフ、似ているけどちょっと違う。原作とも微妙に違う。
米林監督のこだわりが感じられる鋭いセリフなので、聞いて確かめて下さい。

— 「思い出のマーニー」タバコとお金への恐怖と、少女たちの裸足の美しさ - エキレビ!(3/3)

12:00am
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この映画ではタバコは、障壁の役割。
大人の記号として描かれ、杏奈に「自分と大人との間に壁は存在する」ことを発見させます。

— 「思い出のマーニー」タバコとお金への恐怖と、少女たちの裸足の美しさ - エキレビ!(2/3)

July 21, 2014 at 1:58am
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多くの人が1年を通して目標としてきたものが、一瞬にして終わって行くはかなさ。実力がなければ勝てない。だが実力だけでも勝てないサイクルロードレースの厳しさ、冷酷さをあらためて感じさせるツールとなった。  だが、これもロードレース。「This is Cycle Road race」。実力も運もすべて備え持つ者だけが確実に成功を手にする。つまり誰もがさまざまなリスクを冒し、成功と失敗を繰り返しながら進んでいくしかない。何があっても、さじを投げたら終わってしまう。それはサッカーも同じ。これこそがスポーツなのだ。  ツールもW杯も王座はひとつしかない。そのほかは全員、敗者となる。つまり勝者になることはほとんどなく、大半が敗者となるのだ。

— [自転車競技] 白戸太朗「This is Sports!!」 | スポーツ | 現代スポーツ | 現代ビジネス [講談社]

July 20, 2014 at 2:21pm
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恋愛でもゲイムでも,選択権は常に消費者,つまり好きになった側にあるわ。
 提供者は,作品を提供することで「まだ好きでい続けるかどうか」を考慮するための選択肢を与えることしかできない。そうやってお互いの関係が出来上がっていくのね。

— 男色ディーノのゲイムヒヒョー ゼロ:第289回「好きになる理由なんてない」 - 4Gamer.net

July 19, 2014 at 5:09pm
3 notes

「マウンドを降りたとき、ベンチに戻ったら、グラブを投げつけ、ベンチを蹴り上げようと思ってたんです。でも(フェア)ラインをまたいで『それをやったら自分じゃなくなるな』って」 ――やればいいのに。 「……やれたら楽ですけどね」

— 特別扱いの終わりと、自力での一軍。斎藤佑樹が遂に「高校時代」を超えた。(1/2) [野ボール横丁] - Number Web - ナンバー

1:08am
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私たちの想いの中には、生きるという情熱をどう表現していいか解らないもどかしさがあると思うんです。だからその思いをトゲにするのではなく花を咲かせるための時間を、もっと大切にしてほしい。何かの切っ掛け1つで別の景色が広がることもあると。

— 声優さんが泣いて歌えなかったことがあって「プリキュア」作詞家対談2・青木久美子×只野菜摘 - エキレビ!(4/4)

1:06am
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「5」の卒業ソング「明日、花咲く。笑顔、咲く。」では、歌入れのときに、三瓶さん(「キュアドリーム」役三瓶由布子)が泣いちゃって歌えなかったことがあって。卒業の先にも人生はあって、プリキュアも、声優さんもここから先のほうが長い。そういうことをちゃんと伝えていきたい。それはやっぱり、声優さんも、時間や関係性の密度があるからこそ共鳴し、私も想像だけではない血の通った歌詞が生まれる。

— 声優さんが泣いて歌えなかったことがあって「プリキュア」作詞家対談2・青木久美子×只野菜摘 - エキレビ!(2/4)

July 18, 2014 at 10:25pm
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 1年目に偶然にもいい成績を残して、新人王をもらってしまった。2年目は数字が落ちる、1年目に比べると元気がない。それが本来の実力なんやけど、まわりはスランプなんじゃないかとか、そういう目で見るわな。そういった偶然と誤解が重なって、「2年目のジンクス」がうまれるのかも分からんよ。

— 岡田彰布が語る、2年目のジンクス。藤浪晋太郎がエースになる条件とは? [メルマガNumberダイジェスト] - Number Web - ナンバー

10:22pm
4 notes

イーグルス戦の最後の打者にはこの日最速の159kmを投げ、三振に仕留めている。付け加えれば、この160km男は4日前に1試合2本のホームランも打っているのだ。

— 楽しいと同時に恐ろしさすら感じる。大谷翔平の早送りのような成長度。(3/3) [REVERSE ANGLE] - Number Web - ナンバー

July 17, 2014 at 11:36pm
10 notes

原作の五郎はいつも所在がない。それはめしを食べるときも同じだ。
何をどこで食べようかと迷ったあげくに飛び込んだ店は、労務者の多い定食屋、オバサンだらけの回転寿司屋、誰もいない焼肉屋……。そして所在なさげに食べるめしが、いつも当たりとは限らない。なんとなく違和感を抱えながら店を出ることも少なくないのだ。 ドラマ『孤独のグルメ』は、五郎の抱える所在なさを、食べることではなく、それ以前のドラマパートに腑分けして処理しているように見える。今回で言えば、依頼主が健康麻雀をやっているのを五郎がただ見ているだけのシーンだ。五郎は見事に所在がない。 しかし、食事のパートに入ったら、スカッとうまいものをもりもり食べる。何を食べるか注文で迷うこともあるが、おおむね正解を選ぶ。もう一つ食べたくなれば、頼んでしまう。 ドラマの五郎は漫画の五郎に比べて、満足度がとても高いのである。

— 今日も爆発する深夜の夜食テロ「孤独のグルメ」原作の五郎との違いを考察 - エキレビ!(2/3)