ひな壇の上にあがってひとの上に立つことが目的じゃなくてさ、おれはこれだけのことを知っているとか、きさまはこんなことも知らんのかと、ひとに誇示するためじゃなくてさ。自分の考えに、ひとを従わせるためじゃなくてさ、従わない者を排撃したり排除するためじゃなくてさ。ひとの頭の悪さを侮るためじゃなくてさ。知識や情報で競うためじゃなくてさ。 「いま、日常の環境は、「ふつう」でいることが、とても難しくなっているようだ。いつも「ふつう以上」に向かって追い立てられている感じである。そもそも外食の分野にしても、「厳選」された「特別なうまさ」を競って、激しい競争が続いている。お店も競い合い、客もまた、より「グルメ」であることを競いあう。そんな情報が氾濫し、あおり立てられる。本来おいしいものを食べてくつろぐはずが、趣味を楽しんでいるはずが、人より上をゆく情報を求め競争になってしまう。なかなかシンドイ環境ではないですか。」
ご意見 幼少のころから感じていた疑問が一つ。それは(汁かけご飯は)「なぜ行儀が悪いのか」ということです。考えられるのは、どうしてもお茶碗に直接口を付けてご飯をすすり込むことが多くなるので、それを避けるためということがありますが、それは、その行為自体をさせなければすむことです。 この10年ほど前から考えていることは「たくさん食べさせないための方便」ではないかということです。 江戸時代は、武士も農民も貧困なるが故に大食を避けることが美徳とされて来ましたし、良くかんで食べるということも、健康法であると同時に、少量の食料で満足感を得る方策です。 豊かさの上にその文化が成り立っているほかのアジア圏各国において、汁かけ飯が忌避されることがないのを見ても、これは日本の文化が生み出した独特の習慣ではないかと思います(ヨ飯喰らうぜさん)
— 汁かけご飯(その3) 「行儀悪い」は「大食いさせない」ため?|NIKKEI NET 日経WagaMaga:遊ぶ-食べ物新日本奇行






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「銀」/「ゴゴチー」のイラスト [pixiv]](http://21.media.tumblr.com/xU3bjlcMPpz0xm458fOP8SS6o1_500.jpg)